大阪家庭裁判所 事件番号不詳 決定
本籍 大阪市○○区○○○○○町○番地
住居 同市同区○○○○○町○番地 山○信○方
無職 義○こと山○美○ 昭和十二年十一月二十一日生
主文
少年を本決定の日より本人が二十才に達するまで中等少年院に戻して収容する。
理由
近畿地方更生保護委員会は、本件申請の理由として、少年は、昭和二十九年十二月十三日加古川学園を仮退院したものであるが、仮退院するに当り犯罪者予防更生法第三十四条第二項所定の遵守事項、及び同法第三十一条第三項の近畿地方少年保護委員会所定の遵守事項を、同法第三十二条第一項に基き誓約したにも拘らず、仮退院後の保護観察の経過及び成績の推移に徴し、(後述二、(一)乃至(七)記載)同法第三十四条第二項第一号、第二号、第四号の遵守事項に違背し、特に第二号の善行を保持することに関しては重大なる違背をしているものであり、再三本人に対し注意反省を促がしたにも拘らず、改善及び更生の実なく、保護観察によつては到底矯正は期待し得ず、このままに推移せば非行性は進行して犯罪を為すの虞れ大であり、依つて少年を一定期間少年院に戻して収容の上矯正教育を施すことが適当と認められると謂うに在る。
仍つて審按するに
一、犯罪者予防更生法第四十三条第一項に基き、仮退院中の者を少年院に戻して収容する旨の決定をなすには、(1)その者が仮退院中における遵守事項を遵守しなかつたこと、又は遵守しない虞れがあることと、(2)更にその者を少年院に戻して収容しなければならない必要があると認められる場合である。而てその必要性の有無についての審理判断については、その者の素資、性格、経歴、行状、家庭環境その他その者を包擁する社会環境等諸般の点に付き慎重審理の上、収容保護に拠らなければ到底改善更生の期待が持てず、又かくすることがその者の保護育成のため採るべき最善の措置であると認められる場合においてのみ戻収容することの決定をなすべきであり、単に個々の遵守事項違反又は、その違反の虞れがあるのみでは濫りに戻収容を決定すべきではないと考えられる。蓋し少年院に戻して収容することは自由の拘束を伴う措置であり、少年の健全な育成を期するためとは言え、かかる自由を奪うが如き処分は必要なる最少限度に止まるべきであると解するからである。
叙上の見解の下に、当裁判所が本少年に対し戻収容申請を許容するに至つた理由について、以下項を分つて述べることとする。
二、先づ少年の仮退院後、保護観察中における経過と遵守事項違反の事実について。但し当裁判所の昭和三十年七月二十五日本申請事件に付、試験観察決定後の遵守事項違反の事実を除く。
(一) 少年は昭和二十九年十二月十三日少年院を出院し、自宅へ帰住後一時日○○○株式会社大阪支社の理髮部の見習として就職したが、間もなく同僚○田某の誘いに乗り、自儘に同会社を退職の上、保護観察執行機関たる大阪保護観察所及び担当保護司のいづれの許可もうけず無断で○○県○○郡○○町○町○丁目、理髮業○田○公方に赴き就労滞在したが、
(二) 昭和三十年二月中旬頃前記○田方に就労中、大阪松島遊廓にある接客婦のゆきと称する女より手紙を受取るや職場を抛棄して無断で○田方を飛び出し帰阪した。帰阪後一時○原理髮店に就職したが三日を待たず罷めてしまい、実父(毋と離婚別居していた)の世話で大阪市○○区にある久○理髮店にて就業することとなつたところ、身持悪く真面目に業務に精励しなかつた。(この間女遊びパチンコ遊戯などに耽る)三月二十日頃松島遊廓に登楼一泊し、翌日帰店しないまま映画見物中をたまたま実父に発見され叱責されたのでそのまま右理髮店を罷め、自宅で無為徒食することとなつた。(自宅は下宿業で毋親と弟の三人である。)
(三) 同年二月二十四日頃から三月二十日頃までの間、自己所有のオーバー、トランク、鞄など九点、毋の衣類等二点、更に同居していた叔毋福○豊○所有のオーバーなど衣類三点、及び知人の江崎くに子から借受け保管中の同人の女持腕時計壱個、以上合計十五点の品物を擅に友人の名儀で二、三の質屋に入質し、得たる金は松島遊廓にて遊興飮食費に使い果した。
(四) 同年三月十日頃から三月末頃までの間、毋の下宿営業用に貯蔵する白米一斗五升を持ち出し、他に売却し遊興費に費消した。
(五) 更に同年四月五日頃にも毋の留守に乗じ再び家の白米三斗を持出そうとして、これを隠匿しているのを毋親に発見された。
(六) 又少年は無為徒食中も毋親から一日約百五十円位の小遣銭を与えられていたにも拘らず、なお毋に金銭を要求しては、この求めに応じない場合は毋に乱暴を働き、日毎常に外出し夜遅く迄遊び悪友と交つて働こうとしない。
(七) その上六月二十七日頃には毋の金四千円を盜み出し、松島遊廓その他にて遊興飮食費に消費した。
斯くて無為徒食の間正業に就こうとしないばかりか、不良交友、女遊び、不健全なパチンコ遊戯などに凝り、毋の再三の注意などにも耳を籍さないのみか、担当山○真○保護司(少年住居の附近に居住)に対しては面接を回避し、又所定の右保護司方訪問も履行せず、保護観察所の呼出にも応じないで全く保護観察中であることの自覚なく、遵守すべき事項の懈怠も何等意に介しない状況であつた。
三、そこで当裁判所は本申請事件に付、調査審理の結果少年の行状遵守事項違背の事実と、その性格、家庭状況等諸般の点より判断して少年を少年院に戻して収容すべき必要あるを認め、この旨決定すべき段階に達したところ、実毋をはじめ、実父、祖父、父方の叔父など近親者は挙げて今一度少年の在宅保護による改善に尽すべき旨を誓い、真摯な態度が観取されたのでこの申出を容れ、ここに少年に対し在宅試験観察の決定をなし、暫くその動向を観察することとし、少年の自覚による更生を期待しているところ、帰宅後も依然として正業に就こうとせず非行状態は改善しないばかりか行状は漸次悪化の傾向さえ見えるに至つた。即ち
(一) 試験観察処分により大阪少年鑑別所出所後間もなく、かねて馴染の飮食店折鶴女給○道○子十九才と内縁関係を結び、これを自宅に入れて同棲生活をなし、両名とも徒食の生活を続けていた。
(二) 右鑑別所出所後間もなく、再び保護観察執行者の許可を得ずして○○○県○○郡○○町の内妻○子の郷里に出向き、一ヵ月余旅行滞在して帰阪した。
(三) 昭和三十年九月頃鋳造工場の工員として就労したが一ヵ月位にて退職し、その後本年二月末頃まで○○区の○岡某の下において配管工として就業することとなつたところ、就労状況は断続的で働く日数が多く、不就労の日は朝遅くまで就寝し午後は映画パチンコ等に耽り、夜遅くまで余暇を費すを常態とした。
(四) 前記の状態は本年二月末まで断続し、その間昨年十二月末頃には毋の現金壱万八千円を持出し遊興飮食費に浪費し、且つ自己の衣類所持品の大半と毋の所持に属する雑品など計二十数点の物品を質入して、得たる金銭は遊興の資に供していた。
(五) 本年二月初旬頃には毋が他人より預り保管中の現金五万八千円を持出さんとしたところを毋に発見されて遂げず、
(六) 更に四月十四日頃には、弟の所持に属する自転車一台を無断に入質して金は飮食費などに費消した。
(七) 又三月中旬頃、内妻○子と共に家出して近所の旅館に泊り、金銭に窮して別居中の実父方に侵入し、父の持物衣類等数点を盜み出し、一部は売却し、他は入質して得たる金銭は飮食に使い果し、その後前顕○○○県の内妻の郷里に赴いた。
以上二、及び三に挙示するところは少年の自認と、各関係人の供述により明らかに認め得られるところであつて少年の行動は放逸で全く常軌を逸し、その遵守事項違反たるは勿論、諸般の観点より観察しても到底在宅観察保護にては更生は期せられないものと信ずる。
四、少年の素資、経歴、環境等。
(一) 昭和三十年七月二十三日大阪少年鑑別所の鑑別所見に徴するに、
知能指数B式七八
精神作業検査Fc
劣等感検査粗点6で劣等感稍強く、向性指数、私行、社交共に稍内向性を示す。
又心情質検査によれば強迫、過感、自己顕示、爆発の諸項目に強度の変調を示し、粘着、意志欠如、即行、気分易変等に軽度の変調が見られる。
即ち自我面、社会面共に適応障害が認められ、情動的で、自己中心的な、我の強い、過感的、気分的、意志の統制に乏しい性格と観られる。
(二) 次に少年の生育史、家庭環境の面より少年非行との関係を観察すれば、
少年は大阪において父山○○継毋信○の間に二人兄弟の長子として出生、二才時広○県に転居、四才時父応召(その後一度除隊となつて再度応召した)戦後復員、この前後少年等は広○県山○県等を転々とした。七才時には愛媛県の毋方の祖毋の許に預けられ十才時まで過し、その後は山○県で父毋と共に暮すようになつたが、十二才時家族全員で帰阪、父は行商人のため留守勝であり、毋は十六才時下宿屋を開業するまで就職していて、少年らは自然放任されていた状態で、この間十四才時に父は家族を捨てて情婦と同棲し、家庭の秩序が漸く崩壊するに至つた。かくて家庭の軋轢、不安定と、これに基づく監護の不充分さの影響は、十五才頃より怠学、不良交友による覚せい剤注射施用、家品持出等初期非行の萠芽となつて発現し、中学校卒業後一、二の鉄工所工員、理髮職人などとして勤めたけれども、覚せい剤嗜癖や不良交友の影響によつていづれも永続せず、遊惰、放縦の風は次第に硬着の状態となり毋の意見には反抗的態度となつて、果ては暴力を以て抗ひ、鑑別所入所中に知り合つた女との交際も出来、次第に典型的な虞犯少年として人格は荒廃し、勤労の意欲なく、家庭への協同意思の欠如、不良少年群との心理的親和連帯の強化等、正常な生活態度より離反するに至り、この間虞犯通告度々に及んで遂に昭和二十八年七月保護観察、同年十一月中等少年院送致の保護処分をうけるに至つた。蓋し少年の性格形式期たる幼少年期における家庭環境の不安定は家庭における指導教育の無力によつて少年の人格の完成の障害となつたものであろう。
(三) 現在家庭には実毋と実弟が同居し、父毋は昭和二十七年事実上離婚、昭和二十九年四月協議離婚届出、親権者を父と定むるも、主として毋が扶養し、監護に当つている現状であるが、毋は過去少年の屡次に亘る非行に、肉親としての愛情によつて少年の更生を所期するも、老後の期待は次第に少年の弟に移り、年令十八才の長子たる少年に対しては最早何等の権威なく徒に惟躁の日を送るのみである。
如斯少年の虞犯経過は、その基盤を崩壊の家庭に有するものであり、幼少年期性格形成途上における家庭環境の不安定は前叙の如き偏倚、放逸怠惰なる少年の人格構造を招来し斯る少年の性格に加うるに保護者たる実毋の保護力及び他の社会資源への期待と相俟つて、到底在宅保護によつては少年の更生を期し得られるものとは考えられず、試験観察中の行状に照すも少年を少年院に戻さずして改善しうるとの結論を齎す資料は何も得られないのみか、却つて試験観察処分前に劣らざる非行を繰返しているものである。
惟うに少年が未だ犯罪少年に惰せずして虞犯の領域に止まつていたのは、毋より支給せられ、或は強請して得た金銭を消費し、又は毋より支給せられた物品の質入処分によつて得た金銭を以て遊興の資に当てていた為であつて、毋への依存を断たれ、此等資金の途を失いその庇護を離れることとなれば、生活力無き少年は犯罪者の群に陥ることを期せずして明かであり、少年の犯罪的危険性は極めて大であると断ぜざるをえない。
以上諸般の点を綜合して少年を少年院に戻して収容の上矯正教育を施し団体訓練によつて労働意欲を喚起し性格を矯正して自主独立の性を養い以つて社会適応を期せしめることが少年の現段階においては最善の措置であると認められ、且つ収容期間については仮退院による保護観察期間をも考慮して本人が二十才に達するまでを相当と認める。
仍つて本申請を理由あるものとして犯罪者予防更生法第四十三条第一項に則り主文のとおり決定する。
(裁判官 野村稲一)